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中国のテレビドラマ

最近、昼間から中国のテレビドラマを見て過ごすことが多くなった。

先日から、はまって見ているのは、

「監察局長」という、反腐敗ドラマ。
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反腐敗ドラマは、中国テレビドラマの定番で、秀作・凡作・駄作、掃いて捨てるほどある。
まあ、ほとんどは、凡作だけれど・・

警察幹部とか、政府の偉い役人が、悪い役人をやっつける、というストーリーはみな同じ。

面白いのは、正義の主人公は、必ず政府の人間で、

新聞記者や弁護士は、良い役が与えられていない。

やっつけられる腐敗分子は、これは、政府の幹部と、大企業の社長。

これはお決まり。

悪い役人が、正義の共産党幹部にやっつけられるのを見て、

民衆は溜飲を下げるのです。

水戸黄門と同じパターンですね。

そして、水戸黄門が、フィクションであるのと同様、

こんな正義の共産党政府幹部も、おそらく存在しない。

中国人だって、誰も信じていない。
こんなすばらしい政府の幹部がいるなんて・・・

でも、こんな幹部がいたらいいのになあ・・・と、

ため息つきながら見るのだ。


私は、中国のテレビドラマが結構好きだ。

確かに、どうしようもない作品も多い。

あまりに露骨で偏向した思想教育に嫌な気分になることも多い。

歴史無視の抗日戦争ドラマなんか、ひどいものだ。


しかし、それでも、中国のドラマに時々はまってしまうのは、それなりの面白さがあるからだ。

例えば、

1.主人公がチャラチャラしてない。
  若い人気タレントが主役というドラマより、
  中年・老人が主役であることが多く、それも、かっこいい役者ではなく、どこにもいそうな
  おじさん、おばさんが、味のあるいい演技を見せてくれる。

2.役者の層が厚いから、どれを見ても同じ役者・・・ということがない。
  それに、脇役の演技も充実している。

3.奇をてらわない演出。技術が未熟という見方もあるかもしれないが、
  凝った画面作りや、わざとらしい演出がないので、自然な感じでいい。

4.慌てない、ゆったりしたストーリー展開。
  大抵、中国ドラマは、短くて20集、普通40集から60集でひとつの物語が完結する。
  だから、話しがゆったり大きくなって、登場人物も多い。

テレビドラマは、中国の貧しい民衆にとって、最大の娯楽だから、

作るほうも結構気合が入っているのだ。


さて、「監察局長」だけれど、駄作に近い凡作。

「監察局長」といえば、日本では、地方の検察庁の一番偉い人くらいの地位らしいけれど、

彼の奥さんが病気になって、入院するお金がない。

非常に清廉な役人というわけです。

確かに、中国の病院は、とてつもなく高いというけれど、

政府の幹部でさえ、その給料と保険で入院治療できないとすれば、

いったい誰のための病院だろうか???

このような、おかしな展開もままあるけれど、

悪い役人たちの右往左往ぶりが面白いのでつい見てしまう。

ちなみに、このドラマに対するコメントを読んでみたら、

・こんな幹部ありえない。

・展開があまりに嘘。

・良い幹部はみんなテレビドラマに行ってしまって、現実の社会にはいなくなってしまったらしい。

などなど、ぼろくそだった。

これは20集のドラマ。

14集まで見ました。

明日、見終わるかな?


本日は晴。

昨日も今日も東南の風。

田植えは七割がた終わったらしい。


クサコの休日。

昼は、サンマとコロッケを食べて、

午後、二人で掃除をした。
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テーマ : 海外ドラマ
ジャンル : 映画

中国の靴

海からの帰り道、

走っていると、田んぼのずっと向うに、

NTTの、紅白に塗られた鉄塔が見える。

あの鉄塔から見る景色はいいだろうなあ・・・

と、思いながら走っていると、

本当に、高い所から、遠くの景色を見ているような気がする。

走っている自分が見えるような気がする。



朝、出掛けに、クサコがスニーカーの紐を結びながら、

「この靴、安い割には良くもつねえ」と、言った。

「去年の7月に買って、まだ、一年も経ってないでしょ。
 どんな安い靴だって、二年や三年はもつよ」と、私。

「中国じゃあ、100元の靴だって、3ヶ月で壊れちゃうよ」


100元といえば、日本円で1500円くらいだろうが、

中国の田舎の労働者は1000元くらいしか給料をもらってないから、

月給の1割に当たる。

日本人の感覚で言えば、100元の靴は、15000円くらいの買い物に相当するだろう。

それが、すぐに壊れるようなものなのだ。

中国の物価は、高い。


朝の会話で思い出したが、わたしも中国で三足靴を買って、

三足共に、すぐ壊れてしまった経験がある。

中の一足は、特にひどかった。

50元で買った革靴。

なかなかデザインが良くて、安い買い物をしたと喜んでいたら、

歩いているうちに、右の踵が痛くなった。

靴下を脱いで見ると、踵の上、足首のあたりがすりむけて血がにじんでいる。

なぜこんなことに・・・と思い、靴を良く見てみると、

なんと、この靴、左右で高さが違うのだ。

足を靴に入れて、踵を包み込んでいる、その靴の縁の高さが違う。

右が高いので、歩くたびに靴の縁が足首の後に当たって、擦れてしまったのだった。

中国では路上で靴を修理して生活している職人がどこにもいる。

2元払って、高すぎる縁の部分を5,6ミリ、切り落としてもらった。

多少見栄えは悪くなったけれど、これでいいだろうと、一月ほど穿いていたが・・・

歩いていると、どうも靴がうるさい。

カラカラと音がする。

不思議に思い、靴の裏を見て、また驚いた。

まだ一ヶ月しか穿いてないのに、

底のゴムがすっかり磨り減って、

踵の高さの部分にぽっかり穴が開いているのだ。

空洞になっている。

そこに、小石が入り込んで、歩くたびにカラカラ音を立てていたのだった。

ドライバーを突っ込んで、小石を掻き出すと、パラパラと、いくつも落ちた。

この靴、それからもしばらく穿いたけれど、

歩くたびに小石が穴に入って、音を立てる。

仕方がない。

捨てた。

二ヵ月持たなかった。


クサコの妹は薬屋で働いていて、月給は500元だそうだ。


中国の物価はやはり高いと思う。

テーマ : 中国
ジャンル : 海外情報

忘れえぬ人

私のジョギングコースの川沿いの道は、

ずっとフェンスと植え込みになっている。

植え込みには、つつじなどの花だけではなく、

樹木も植えられ、並木になって続いている。
 
葉桜の緑は、もうすっかり色が濃くなった。

桜のほかにも、すっと、まっすぐに背が高い木があって、

今日、走りながら、ふと、この木は何だろう?・・ポプラかな? 

一瞬思った。

私の町にポプラはない。

だから、ポプラに似た、何か別の樹木に違いないけれど、

「ポプラ」という言葉が頭に浮かんだ瞬間、

鮮やかに蘇った風景がある。


六年前、クサコとまだ知り合う以前、

内蒙古の包頭から、寧夏回族自治区の銀川まで、

友人六七人と、マイクロバスで行ったことがあった。

どこまでも続くポプラの並木。

乾燥した畑が広がり、

夏だったから、道端で、農民がハミウリを山積みにして売っていた。

ずっとまっすぐ、何百キロも信号なんてない国道を、バスは快調に飛ばしていたけれど、

銀川まで、あと200キロばかりの、

黄河を渡る橋で、渋滞に巻きこまれてしまった。

車は何キロも繋がって、2時間待っても動かない。

業を煮やして、先頭まで、2キロばかり歩いていってみると、

橋の袂で、巨大なタンクローリーが横転し、橋を完全にふさいでいた。

これではにっちもさっちも行かない。

復旧作業もほとんど手付かずといった状態だった。

黄河に架かる橋は、これひとつ。

仕方がない。

近くの町で一夜を明かさなければならない羽目になった。

登口という町だった。

中心に商店とホテルが少しばかり並ぶだけの、ほこりっぽい、何もない町。

ホテルにチェックインして、もう時間も時間だったから、食事のできる店を捜し、

町で一番高級そうなレストランに入った。

個室に案内され、席を定めて、あれこれ注文。

すぐに涼菜が出て、ビールや白酒が開けられ、

食事が始まる。

私たちは、たわいもない、勝手なことを喋りながら、

食べて、飲んでいた。

部屋の戸口あたりには、ウェートレスがひとり立っていて、

胸の辺りに、大事そうに白酒のビンを抱えていた。

そして、私たちの飲んでいる白酒のグラスが空くと、

そっとやってきて、継ぎ足してくれた。

お仕着せなどではなく、ジーパンを穿いた、

まだ若い女の子だった。

部屋はにぎやかだったけれど、彼女ばかりが静かだった。

だんだん、みんなの関心が彼女に向いて、

あれこれ聞いてみると、

恥ずかしそうに答えた。

年は十八。

近くの農村の生まれで、この町へは来たばかり。

・・・名前も教えてくれたけれど、わすれた。


これだけのことなんだけれど・・・

彼女の立っている姿が、忘れられない。

今も、あのレストランで、白酒のビンを大事に抱えながら、
静かに立っているような気がする。

もう、24歳になっただろう。

どこの町で、どんな暮らしをしているのかな・・・

余計なお世話だと、我ながらおかしいが、

幸せになってるといいなあ・・と、つい考えてしまう。



クサコは昨日の午前中、大きな声で、ずっと、

永井するみの「グラデーション」を朗読していたから、
永井するみ


気分がすっかり晴れたらしい。

昨夜の眠りは、とてもよかったと言っていた。


本日は、晴。

西南の風が強くて、復路、背中を押してくれたから、

気持ちよく走れた。

ポプラ・・のような木の、梢の葉も風に輝いていた。

テーマ : 旅先での風景
ジャンル : 旅行

モンゴルの運命

今日はクサコの休日。

思い切り走ろうと、昨日から張り切っていたのに、

明け方、また雨が降り始めて、

クサコ布団から起き出さなかった。

それで、掃除の一日になった。


お昼、サンマを焼いて食べた。

モンゴルの話になった。


クサコの故郷は、フルンベール大草原。

ロシアと中国とモンゴルの国境が接するあたりだ。

モンゴルは広いけれど、

その広いモンゴルの中のモンゴル。

その草原の美しさと豊かさで、

モンゴルの代名詞であり、

モンゴルの聖地ともいえる。


中国は、5千年の歴史があると誇っているけれど、

その5千年の歴史の中で、

このフルンベールを支配したのは、ほんのつい最近のことに過ぎない。

この地に人が住み着いてから、

モンゴルの地はモンゴル人のものだった。

しかし、今は・・・

漢民族が大挙してして流れ込み、

地下資源を掘り返し、

工場を建て、

誰のものでもなかった大草原に柵を作った。

草原から追い出したモンゴルの遊牧民を定住させ、

農業をやらせようとしているけれど、もともと、

ここは農業に適した地ではないのだ。

モンゴル族と、漢族との婚姻も多くなり、

モンゴル族でありながら、子供にモンゴル語を教えない家庭も増えた。

何せ、中国語を離せなければ、まともな就職口はないのだから・・・

テレビだって、中国語で、

その放送内容ときたら・・・

だから、モンゴル語で教育する学校も、数少ない。

このようにして、モンゴルの伝統は、次第に消えて行くようだ。

きっと、クサコは悔しいだろうなあ・・・


モンゴルが分断された国家であることを知らない人が結構いる。

モンゴルは、ソ連と中共という、二つの勢力にはさまれて、

「モンゴル国」と「中国内蒙古自治区」に分断されてしまった。

イメージでは、「モンゴル国」の場所が、

もともとのモンゴルのように思われるかもしれないが、

モンゴルのもっともモンゴルらしい場所は、

くどいようだが、

今は、内蒙古自治区となってしまったフルンベールのあたりなのだ。


国境線なんて、人為的に引かれるものだ。

どこが国境線になるのか、

それは、力次第。

もしかしたら、国境線を引くどころか、

相手に取り込まれてしまう事だってありえないとはいえない。


私たちは、本当に歴史と世界に学ばなければいけない。

日本人が、ぼんやりしていても、

いつまでも日本人でいられるというのは、

少々楽観的過ぎるかもしれないなあ・・・

テーマ : 南モンゴル応援クリルタイ
ジャンル : 政治・経済

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Author:noroba
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